大判例

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大阪地方裁判所 昭和36年(ワ)2062号 判決

原告 株式会社 大和百貨店

右代表者代表取締役 湯川雲敬

〈ほか一名〉

原告ら訴訟代理人弁護士 岡本拓

右訴訟復代理人弁護士 堀弘二

同 面洋

同 田浦清

原告ら訴訟代理人弁護士 太田稔

被告 株式会社 大阪読売新聞社

右代表者代表取締役 務台光雄

〈ほか一名〉

被告ら訴訟代理人弁護士 池添勇

同 塩見和夫

同 柴田耕次

主文

一、被告らは連帯して、原告株式会社大和百貨店に対し金一〇〇、〇〇〇円を、原告湯川雲敬に対し金一〇、〇〇〇円を各支払え。

二、被告佐藤武治郎は、原告株式会社大和百貨店に対し金一六二、〇〇〇円を、原告湯川雲敬に対し金四〇、〇〇〇円を各支払え。

三、原告らの被告両名に対するその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用はこれを一〇分し、その四を原告株式会社大和百貨店の、その一を原告湯川雲敬の各負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

五、この判決は原告ら勝訴部分にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の申立

(原告ら)

一、被告らは連帯して、原告株式会社大和百貨店に対し金六二二、〇〇〇円を、原告湯川雲敬に対し金一〇〇、〇〇〇円を支払え。

二、被告らは、原告らに対し、連名で、朝日新聞、毎日新聞、産業経済新聞および読売新聞の各朝刊の、大阪市、東大阪市、八尾市に発行される版の第一面下段広告版に、三段ぬきで、見出し、宛名および被告らの氏名は四号活字、その余は五号活字をもって、左記の謝罪文を一日掲載せよ。

謝罪文

昭和三六年四月九日東大阪市三の瀬公園より布施北部商店街の大和百貨店まで象を行進させる予定が警察の命によって中止となり、読者の皆様の御期待を裏切り惨愧に堪えません。

警察が三の瀬公園より大和百貨店までの象の行進を許可しないことは、事前に問合わせれば判明することでしたが、これを怠り、また四月八日までに警察が許可しないことが判明していながら、これを大和百貨店に秘して同店が象の行進について宣伝することを止めなかったのは全く当社らの責任であります。

ここに、謹んで、象の行進が実行不可能であるに拘らず、実行するが如く読者の皆様及び大和百貨店に信じさせてその期待を裏切ったことを深く御詑び申し上げます。

年 月 日

株式会社 読売新聞社

読売新聞布施販売所

佐藤武治郎

読者各位

株式会社 大和百貨店殿

三、訴訟費用は被告らの負担とする。

(被告ら)

一、原告らの請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、当事者の事実上および法律上の陳述

(原告らの請求の原因)

一、原告株式会社大和百貨店(以下原告百貨店という)は肩書地において日用雑貨品および衣類等の販売を業とするもの、原告湯川雲敬(以下原告湯川という)は原告百貨店の代表者、被告佐藤武治郎(以下被告佐藤という)は被告株式会社大阪読売新聞社(以下被告新聞社という)の発行する新聞雑誌等の販売を業とする布施販売店(直売所)の経営者である。

二、原告百貨店は、昭和三六年三月末ごろ以降、被告佐藤より再三にわたって同年四月五日から同月一六日まで東大阪市内の三の瀬公園で行われる被告新聞社の主催するサーカスの入場券を購入するよう勧められたが、これを拒絶していたところ、同年四月三日には右サーカスに出場する象を、原告百貨店の宣伝のため、三の瀬公園から原告百貨店の店頭まで行進させてくるとの申入れを受けたので、被告佐藤に対し、入場券は購入するが象に着用させる広告の旗について被告新聞社事業部およびサーカス団長と協議してくれるよう依頼し、右協議がなされた結果、原告百貨店と被告らとの間に、(一)被告らは同年四月九日午後一時、三の瀬公園から象を出発させて原告百貨店までの間を往復行進させる。(二)その際象には原告百貨店名を染めた着物を着用させる。(三)原告百貨店は象にリンゴ三〇個、その付添人に若干の謝礼をする。(四)原告百貨店は被告らより相当数のサーカス入場券を購入し、かつ今後の広告用ビラの新聞折込みはすべて被告佐藤に行わせる、旨の合意が成立した。

三、右合意にいたるまでの交渉は、主として、被告佐藤の使用人である訴外朝広哲朗と原告百貨店の代表者湯川との間でなされていたので、湯川は訴外朝広に対し、警察の許可が得られるかどうかを何度も確かめたところ、訴外朝広は絶対に大丈夫である旨確言していた。そこで湯川はこれを信用して前記合意をなし、顧客に対し象の行進を大々的に宣伝するため、原告百貨店において象に着用させる着物および象の行進所要時間のクイズを掲載した新聞の折込みビラ一〇万枚を用意し、右ビラを象の行進予定日である同年四月九日の朝日新聞、毎日新聞、産業経済新聞および読売新聞の各朝刊に入れて各家庭へ配達するよう被告佐藤に依頼してこれを配達させ、又同月七日、八日および九日午前中に二台の宣伝車を使用して、東大阪市、八尾市および大阪市城東区、同生野区の全域にわたって象の行進所要時間のクイズについての宣伝を行った。こうした宣伝の結果、同月九日には正午頃から大勢の客が象の行進を見物するため原告百貨店の店舗内や店頭に集った。

四、ところが、象は行進当日の同月九日午後一時に一旦三の瀬公園を出発したものの五、六〇メートルも行進しないうちに警察により行進を中止するよう命ぜられ、そのまま右公園に引返し、行進は不能となった。

五、被告らは、象の行進を目的とする前記申入れおよび合意をなすにあたっては、サーカス用としてある程度調教されているとはいえ、象が商店街を行進するには当然危険を伴いかつ交通の妨害となる虞れがあり、加うるに、原告百貨店において右行進が可能かどうかを数回にわたり訴外朝広に確認しているのであるから、予め行進する道路の幅員、距離および行進の日時を考慮して、前記日時に三の瀬公園から原告百貨店までの間の行進が可能であるかどうかを十分検討し、かつ所轄警察署の許可が得られるかどうかを予め確認し、遅滞なく右許可を得ておくべき注意義務があるにかかわらず、これを怠り、ただ漫然と右許可が得られ行進できるものと軽信し、原告百貨店まで象を行進させることを約した過失により、原告百貨店をして前記のとおり行進の準備およびその宣伝をさせ、さらに行進予定日の前日である四月八日には、被告らには警察が右許可をしないことが判明していたのであるから、右事実を原告らに直ちに通告すべき注意義務があったにかかわらず、故意にこれを秘匿して引続き右宣伝を継続させ、よって原告百貨店に右行進の準備および宣伝のための多額の費用を出費させ、顧客の期待を裏切り、原告百貨店の名誉および信用を失墜させた。

六、原告らは、被告らの右不法行為により、左記の損害を被った。

(原告百貨店の損害)

(一)  象の着物代 金二、〇〇〇円

(二)  宣伝ビラ印刷代 金六〇、〇〇〇円

(三)  宣伝車の経費 金六〇、〇〇〇円

一日一台当り金一二、〇〇〇円、二日半各二台延五台分

(四)  得べかりし利益 金一〇〇、〇〇〇円

象の行進予定のため、昭和三六年四月九日(日)の外交販売はすべて中止したが、通常日曜日の外交売上げは金五〇〇、〇〇〇円でうち二割の金一〇〇、〇〇〇円が利益に相当する。

(五)  顧客、同業者その他関係者に対する信用失墜による損害 金四〇〇、〇〇〇円

右損害は金一、〇〇〇、〇〇〇円を下らないが、その内金として金四〇〇、〇〇〇円の支払を求める。

以上合計金六二二、〇〇〇円

(原告湯川の損害)

慰藉料 金一〇〇、〇〇〇円

象の行進が不能となったことが判明した直後、原告湯川は早速参集している客に事情を説明して謝罪したのであるが、象の行進は客寄せのための虚言であると憤慨する者が多数あり、かつ遠方よりの客のうちには大声で罵る者もあり、一応騒ぎが収った後にも電話で原告湯川に罵言をあびせる者もあり、これにより原告湯川の受けた精神的苦痛を金銭に評価すると、少くとも金一〇〇、〇〇〇円を下らない。

七、原告百貨店が被告らの不法行為により、著しくその信用および名誉を害されたことは前記のとおりであり、これを回復するためには、被告ら名義の前記謝罪広告を主要新聞に掲載する必要があり、かつ右方法によるのが最も有効である。

八、かりに被告佐藤が右象の行進についての企画に直接関与せず、訴外朝広哲朗において右企画一切をなしたとしても、訴外朝広は被告佐藤の被用者であり、かつ右の企画は読売新聞の販売店(直売所)の事業の執行としてなされたものであるから、被告佐藤は、訴外朝広の使用者として前記損害の賠償および謝罪広告をする責任を免れない。

九、被告新聞社の責任について

(一)  かりに原告百貨店と被告新聞社間に直接象の行進についての前記合意がなされた事実が認められず、したがって被告新聞社には五記載の故意、過失がなかったとしても、読売新聞の販売店(直売所)主である被告佐藤について前記不法行為ないし使用者責任が生ずる以上、被告新聞社はその使用者として、原告らが被った前記損害を賠償し、かつ謝罪広告をする責任がある。すなわち、被告新聞社(本社)と被告佐藤(販売店=直売所)の間には(イ)販売店は読売新聞社発行の刊行物以外には取扱えず、(ロ)その販売価格は変更できず、(ハ)被告佐藤の販売区域は小阪、長瀬を除く旧布施市全般と定められ、右区域については他の販売店の販売を許さず、(ニ)販売店には読売新聞の名称を看板として掲げ、読売新聞社の社旗、名義を自由に使わせ、(ホ)一定の場合には販売店を本社管理とし、(ヘ)本社の販売局員は、その担当する区域の販売店に対し、販路拡張のための宣伝の督励をなし、又販売店の仕事をやりやすくし、個々の販売店の力ではできない点を助力するなどの関係があり、本件においても、本件サーカスの会場となった三の瀬公園の使用許可申請等について、被告新聞社の販売局員で大阪府下中部地区責任者である訴外丸山厳が「大阪読売新聞社丸山厳」ないし「大阪読売新聞社大阪府下中部地区責任者丸山厳」なる名義で種々尽力しているのであって、これらの点を考えると被告新聞社と被告佐藤の関係は、単に新聞その他の刊行物の売主と買主の関係でないのみならず、いわゆる代理店、特約店のような関係を超えた、いわば営業所、出張所に近似するものであって、被告佐藤は被告新聞社の指揮監督のおよぶ従属的な関係にあるというべく、又本件サーカスおよび象の行進の企画は、販売店が読売新聞の販路を拡張し、その宣伝をも企図して、すなわちその営業の一環としてなされたことが明らかであって、被告新聞社の事業の執行につきなされたものに他ならないから、被告新聞社はその責任を免れない。

(二)  かりに被告新聞社に使用者としての責任が認められないとしても、被告新聞社は右のとおり被告佐藤および販売局員丸山に対して被告新聞社名を使用して、営業ないし読売新聞の宣伝をすることを自由に許していたものであり、原告らはこれを被告新聞社の営業と判断し、しかもそう判断するにつき何らの過失もなく、前記象の行進についての契約を締結したのであるから、被告新聞社は禁反言の法理に基礎をおく名板貸責任を負うべきである。

一〇、よって、被告両名に対し、連帯して、原告百貨店に対しては、六記載の損害金合計金六二二、〇〇〇円の、原告湯川に対しては同じく慰藉料金一〇〇、〇〇〇円の各支払を求め、かつ、被告らの連名で前記原告百貨店に対する謝罪広告の掲載を求める。

(被告佐藤の答弁)

一、請求原因事実中、第一項は全部認める。同第二項中、被告佐藤が原告百貨店に対し、サーカス入場券の購入を、勧誘したことは認めるが、その余の事実は否認する。原告主張の合意は、被告佐藤の店員であった訴外朝広哲朗が原告湯川との間になしたものである。同第三項中右合意にいたる交渉が訴外朝広と湯川との間でなされたこと、被告佐藤が原告ら主張のクイズを記載したビラを新聞に折込み配達したこと、原告百貨店がその主張の日時に旧布施市内において象の行進の宣伝をしたことは認めるが、その余の事実は不知。同第四項中、象の行進が出発後間もなく中止されたことは認めるがその余の事実は不知。同第五項は否認。同第六項は不知。同第七項、第八項、第一〇項は争う。

二、被告佐藤および訴外朝広には原告主張のような故意、過失はない。

原告百貨店の代表者湯川との交渉にあたっていた訴外朝広は、本件象の行進についての具体的計画およびこれに伴う警察の許可手続等一切をゴールドサーカス団(事務代行者小俣富美男)の企画担当者に委ねていたものである。そうして新聞販売店の店員として、かつてこの種の行事に携ったことのない訴外朝広としては、サーカス団の企画担当者が、本件象の行進につき大丈夫である旨保障している以上、その言を信じ、専門業者にまかせるより採るべき方法はなかったというべきであるから、訴外朝広の地位、職業等から考えると、訴外朝広には原告主張のような注意義務違反はなく、又訴外朝広が、警察により本件象の行進が不許可処分となった事実を知ったのは、本件行進が、当日不能となった後であって、それまでは同一行事が近く若松市場で成功していたこともあり、本件行進も当然許可されていると考えていたのであって、原告主張のように不許可処分になっていることを知りながら、これを秘匿した事実はない。

(被告新聞社の答弁)

一、請求原因事実中第一項は全部認める。同第二項および第五項は否認する。

同第三項中、右合意にいたる交渉が訴外朝広と湯川との間になされたことは認めるがその余の事実および第四項、第六項はいずれも不知、第七項、第九項、第一〇項は争う。

二、原告ら主張の象の行進についての合意は、被告佐藤の旨をうけ、その店員である訴外朝広が原告湯川との間になしたもので、被告新聞社は原告百貨店との間に右のような合意をなした事実はなく、又本件サーカス興行の主催者ではないし、もとより本件象の行進について何らの関与もしていない。

被告新聞社の事業部が特定の興行、展覧会等を主催するときは新聞社として必ずその旨を社告し、かつポスターを印刷してこれを配布することになっており、右の形態以外で被告新聞社ないし被告新聞社の事業部がこの種興行を主催したことはない。

本件サーカス興行は、ゴールドサーカス団が布施地区で興行をなすことを企図し、被告佐藤に新聞の読者を招待して読者拡大の一方法とするよう勧誘し、開催場所に選んだ三の瀬公園は、管理者である旧布施市が、サーカス団や被告佐藤の個人名義ではその使用を許さなかったところから、被告佐藤に依頼し、被告佐藤において被告新聞社中部地区責任者である訴外丸山厳に対し、その名義の使用方を求めた結果、訴外丸山によって「株式会社大阪読売新聞社府下中部地区責任者丸山厳」等の名義で、公園占用許可申請書その他の書類が作成され、市役所に提出されたが、訴外丸山は被告読売新聞社の事業の執行として右書類を作成、提出したのではないから、被告新聞社としては本件サーカス興行に何ら関係しておらず、いわんや右サーカスに出場する象を原告百貨店の店頭まで行進させる旨の合意など関知しないところである。

三、使用者責任について

現在、各新聞社は、新聞販売のため、その販売者(店)との間に新聞その他の刊行物の販売契約を締結し、専売所あるいは直売所の名称でその販売にあたらせており、被告佐藤も右販売者にほかならないが、新聞社と直売所との間には原告ら主張のような指揮監督のおよぶ従属的な関係は存在しない。

すなわち、原告らは指揮監督関係の存在する根拠として、直売所は、読売新聞社発行の刊行物以外は取扱えないこと(請求原因九(一)(イ))をあげるが、これは直売所としての性格上当然のことであり、販売価格の不変更(同(ロ))、販売地区の定めがあること(同(ハ))も各直売所間の無意味な競争を回避するための当然の措置であり、直売所の看板に読売新聞の名称が自由に使用され、その小旗があること(同(ニ))もいわば電気製品のメーカーが販売店に対するばあいと同様、商品販売を効果的に行うため販売店が用いる一方法にすぎず、又一定のばあいに直売所を本社管理にすること(同(ホ))は他社においてはともかく被告新聞社では現在までかかる措置をとったことはなく、またそのような組織にもなっていない。もっとも被告新聞社においても、本社販売局の地区責任者が、直売所をまわって販売状況その他を常に視察し、もって本社販売局の販売方針を確立するための資料を集めるとともに、直売所に対し販路の拡張方法について示唆を与えあるいは協議にあずかることがあり、本件では訴外丸山厳がその任に当っていたのであるが、これらはあくまで協議、相談の域を出でず、その間に従属的な指揮命令関係はない。

四、名板貸の責任について

商法二三条所定の名義貸与者の責任はその者を営業主と誤認して取引した者に対してのみ認められるものであって、不法行為に基く責任のような取引関係以外の責任については、その適用がない。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、被告佐藤の責任について

原告百貨店が肩書地において日用雑貨品および衣類等の販売を業とする株式会社であり、原告湯川がその代表者であること、被告佐藤が被告新聞社の発行する新聞等の販売所(直売所)の経営者であることは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を考え合わせると、被告佐藤は昭和三六年三月頃、ゴールドサーカス団(経営者渋谷茂明)から、読売新聞の宣伝、広告になるから布施地区でサーカスをやってはどうかという申入れを受け検討した結果、サーカス会場に「読売」の旗をかかげ或いは読売にサーカスの割引券を無料で配布するなどの方法でサーカスを通じて読売新聞の宣伝をなし、販路を拡張するための一企画として、右申入れを承諾し、サーカス団との間に、被告佐藤においてサーカスの開催日、開催場所の決定および宣伝等を担当し、サーカス団において会場の使用料その他興行に要する費用を負担する約束で、同年四月五日から同月一五日頃まで三の瀬公園で、サーカス興行を行うことになったこと、訴外朝広哲朗は被告佐藤の経営する直売所(読売新聞布施北直売所、当時専業従業員約二七名、それ以外の配達員約五〇名)の企画係長として、主として読売新聞の読者拡大のための企画に従事していたが、サーカスの開催が決ったので、同年三月末頃かねてから読売新聞に広告を出していた原告百貨店に赴き、その代表者湯川雲敬に、一枚一三〇円のサーカス入場券を一枚一三円で売渡すから、これを原告百貨店の売上増進のために利用してはどうかと勧誘したが、なかなかその承諾を得られないでいたところ、その頃サーカス団の企画担当者である訴外小俣富美男から、商店の宣伝のためサーカスの象を市中行進させる企画を持ちかけられ、これを容れて付近の若松市場や東洋デパートにこの旨の勧誘をしたのに引き続いて原告百貨店においても宣伝のため象を会場の三の瀬公園から原告百貨店まで行進させてはどうかと提案し、これに対して原告百貨店の方でもそういう話であれば応じるということになって同年四月三日頃、訴外朝広と右湯川の間で、(イ)原告百貨店は被告佐藤よりサーカス入場券三〇〇枚を購入する(ロ)被告佐藤は同年四月九日午後一時三の瀬公園より象を出発させて原告百貨店までの間を往復行進させる(ハ)行進させる象には原告百貨店の名前の入った着物を着せ、その費用は原告百貨店の負担とする(ニ)原告百貨店は象にリンゴ三〇個を与え象の附添人に若干の謝礼をする(ホ)原告百貨店は自費で折込みビラ一〇万枚を作り、読売新聞に折込んで配布する、などの話合いができたこと、一方被告佐藤はサーカスの開催を決めた後、同年四月三日頃から本件象の行進予定日である同月九日頃まで東京へ出張していたため、帰店するまで原告百貨店への象の行進の企画は知らなかったが、右出張前に同直売所の企画担当者に、サーカス興行についての宣伝、チラシの取扱いなどについて指導するとともに、サーカス利用の一方法として象の行進ということもありうる旨示唆していたこと、訴外朝広はサーカス団の企画担当者である訴外小俣からサーカスの象を市中行進させる企画を持ちかけられるや同訴外人に対して右行進が支障なく行えるかどうか確かめたところ、以前にも同様の行進を守口や四貫島でなしたことがあるが成功し警察の許可も大丈夫であるということであり、しかも原告百貨店に先だち象の行進をすることに決めた若松市場(行進予定日同年四月五日)東洋デパート(同、同月八日)の分についてすでに訴外小俣に一任していたので、原告百貨店についても同じく小俣に任せておけば当然警察の許可が得られるものと考え、行進についての具体的企画および警察に対する許可申請等の一切を同人に任せ、原告百貨店の代表者湯川および事務担当者福山フサ子等から警察の許可が得られるかどうか就中原告百貨店は会場の三の瀬公園から約五〇〇メートル離れておりしかも途中に商店街、踏切りがあるなど、若松市場、東洋デパートなどと比較し地理的条件が悪い(若松市場、東洋デパートはともに三の瀬公園から二、三百メートルのところにあり、又若松市場までの行進予定路が比較的閑散な道路であったのに対し、原告百貨店までの行進予定路は途中人通りの多い商店街や踏切りがあった)が大丈夫かと確かめられた際も読売新聞が行うのだから大丈夫であると回答していたこと、かくして若松市場の行進は四月四日所轄警察署長の許可を得て翌五日予定どおりに行われたが、比較的閑散な道路を行進したにかかわらず、多数の見物客が集り、子供らが行進に続き、一時バスの通行を止めるなど交通の妨害が生じたことなどもあって、同月八日同じく訴外小俣からなされた原告百貨店への行進のための道路使用許可申請は、交通の妨害および行進予定道路が商店街で人通りも多く危険性があることを理由に不許可になった(同月八日に予定されていた東洋デパートヘの行進も不許可になったが、当日は雨のため問題が生じなかった)が訴外小俣は右不許可の事実を訴外朝広に知らせず、したがって訴外朝広も右事実を原告百貨店に通知しないまま行進予定日を迎え、同月九日午後一時警察の許可がないまま象は一旦三の瀬公園を出発し、原告百貨店へ向ったが、約一〇〇メートルほど進んだところで警察より行進中止を命ぜられ、再び三の瀬公園に引返し、右行進は不可能となったこと、原告百貨店は訴外朝広との間で前記象の行進についての話合いが成立した後、象に着用させる着物を用意し、又四月七日から行進予定日の同月九日の午前中まで、宣伝車を使って広く象の行進を宣伝し、さらに象の行進所要時間のクイズを記載したビラ一〇万枚を印刷のうえ、行進当日の新聞に折込んで配達させるなど各種の宣伝活動をしたので、行進予定時刻の同月九日午後一時頃には象の行進を見物するため遠方からも多数の人が原告百貨店の内外に集り、その人数は店内に少くとも一五〇人位、店外に同じく二―三〇〇人に達していたが、前記のとおり右行進が警察により制止され不可能となったため、原告百貨店は直ちに集っていた右顧客に対しその事情を説明したが、顧客の中には原告百貨店の宣伝が虚偽であるとか誇大であるとかいって非難する者が続出し、そのうえ直接原告百貨店代表者湯川を面罵難詰した者もかなりあり代表者湯川はこれらの者にひたすら陳謝したこと等の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

原告らは、まず原告百貨店に象の行進を約したのは被告佐藤であり、被告佐藤には原告ら主張の故意過失があるから民法七〇九条の責任があるというのであるが、前認定の事実によると、本件象の行進を原告百貨店に勧め、その交渉にあたったのはすべて訴外朝広であって、被告佐藤は訴外朝広ら企画担当者にサーカス利用の一方法として象の行進ということも考えられる旨一般的な示唆を与えたことはあったが、同被告は訴外朝広によって原告百貨店との間に本件象の行進についての交渉がなされていた昭和三六年四月三日頃から行進予定日の同月九日頃まで東京に出張し、帰店するまで原告百貨店との間に本件象の行進が企画されていた事実すら知らなかったのであるから被告佐藤自身に原告ら主張の故意過失行為があったとは認められないので原告らの右主張は理由がない。

そこで被告佐藤の使用者責任について考える。前認定の事実関係から考えると、訴外朝広は、象の行進がサーカス会場である三の瀬公園から原告百貨店まで約五〇〇メートルにわたり、途中人通りの多い商店街や踏切りを通過して行われるのであるから、相当危険を伴い、又交通の妨害となる虞れがあることを当然予見しえたはずであり、かつ右行進に警察の許可が必要であることは予め知っていたのであるから、原告百貨店に象の行進を勧誘し、これを引受けるにあたっては、右行進が危険なく実施できるかどうか、警察がこれを許可するかどうか等を自ら確認し、すみやかに右許可を得るなど、支障なく右行進を遂行できるようこれに必要な準備をなすべき注意義務を有していたと認められるにかかわらず、これを怠り、サーカス団の企画担当者の訴外小俣が、以前にも同様の行進をしたことがあり警察の許可も大丈夫であるといったのを軽信して原告百貨店に本件象の行進を極力勧誘し、右契約締結後においても警察に対する許可申請等右行進に必要な準備一切を漫然と訴外小俣に一任し、前記のように原告百貨店から右行進が可能かを念を押して確かめられながら、自らは何らの措置をとることなく右行進が可能である旨確言し、行進予定日まで漫然と時日を徒過した過失により、原告百貨店をして右行進ができるものと信じさせて前記のとおり種々の宣伝活動をさせ、その結果原告らに後記のとおりの損害を与えたというべきであるから、訴外朝広について不法行為の成立は免れない。なお、被告らはこの点について、かつてこの種の行事に関与したことのない訴外朝広としては、専門業者たるサーカス団の企画担当者が象の行進について大丈夫である旨保障している以上、その言を信用しこれら専門業者に一切を任せるのがむしろ当然で何ら過失はないというけれども、右行進に対する許可の有無を警察に照会するがごときは、朝広において容易になしうることであって、これをサーカス専門業者に委ねてこと足れりとする合理性はなんらないから被告らの右主張は採用しえない。

ところで、訴外朝広が被告佐藤の被用者であることは前記認定の事実から明らかであり、又前記認定の事実と≪証拠省略≫を考え合わせると、本件象の行進は、原告百貨店の利益、宣伝のために企画された面があることも勿論否定しえないところであるが、直売所としては原告百貨店との間に本件象の行進を約すれば、サーカスの入場券を原告百貨店に買ってもらうことができ、これによってその入場券が多数の者に頒布され、本件サーカスを通じて読売新聞の宣伝および読者の拡大をはかり得るのであって、この意味で本件象の行進はサーカスの開催と合体し、読売新聞の販路の拡張のための宣伝活動の一環としてなされており、したがって直売所の営業活動としての性格を有していることが認められるから、訴外朝広が原告百貨店に本件象の行進を勧誘し、これが実施を引受けたことは直売所の事業の執行につきなされたものというべきである。よって被告佐藤は訴外朝広の不法行為により原告らが被った後記損害を賠償する責任がある。

二、被告新聞社の責任について

原告らはまず、原告百貨店は被告新聞社との間にも直接本件象の行進について、前記内容の合意をなし、したがって被告新聞社にその主張の故意過失行為があった旨主張するけれども、既に被告佐藤の責任について判断したところから明らかなとおり、原告百貨店に象の行進につき勧誘交渉をなしこれを引受けたのは訴外朝広であり、被告新聞社が直接これに関与した事実は本件全証拠によるもこれを認めることができないので被告新聞社が民法七〇九条による責任を負う理由はない。

そこで被告新聞社の使用者責任について考える。まず被告新聞社(本社)と被告佐藤(直売所)の関係についてみるに、≪証拠省略≫によると、被告佐藤(読売新聞布施北直売所)は、被告新聞社からその発行する新聞、週刊誌などの供給を受け、被告新聞社との約定に従ってこれら被告新聞社の刊行物のみを一定地域(小阪、長瀬を除く旧布施市内)にかぎって、専属的に定められた一定価格で販売することを業とするものであるが、経営および資金関係では被告新聞社から独立し自らの計算でその営業をなしていること、したがって両者の間には雇傭関係はもとより、同一企業内部における本社と営業所ないし出張所というごとき関係もないが、被告新聞社には販売局が設けられ、本社販売局に所属する直売所担当社員は読売新聞の販路拡張のために直売所に対し販売目標部数や読者獲得のための宣伝活動について種々指示を与え、さらに直売所独自の力で行うことができない宣伝等は本社においてこれに助力するよう配慮し、必要に応じて直売所を巡回し、読者拡大のための諸施策について直売所を督励し、宣伝のため地域的な催物を開くにあたっては読売新聞社の名を使う場合があり、さらには直売所より新聞料金不納の場合には本社において直接直売所の営業を管理することもできたこと、他方販売店である被告佐藤としては、前記のごとく被告新聞社との専売という約定によって、読売新聞の販売等に専心従事することを義務づけられており、その義務を十分達成しうるように右のような直売所担当社員の指示、監督が行われていること、そうして本件の場合も被告佐藤がサーカス会場として予定した三の瀬公園は被告佐藤の個人名義で使用許可を申請したのでは管理者たる(旧)布施市長によって許可される見込みがなかったところから、被告佐藤の依頼をうけた本社販売局の直売所担当社員である大阪府下中部地区責任者丸山厳が、右公園を借りるについて助力し、「大阪読売新聞社丸山厳」ないし「株式会社大阪読売新聞社府下中部地区責任者丸山厳」なる資格で(旧)布施市役所に同公園の使用に必要な諸手続をなし、右申請書類中にはサーカスが被告新聞社の宣伝を目的とするものである旨を明記する部分もあって、少くとも右の手続をなすにあたっては被告新聞社において本件サーカスを主催するような形式をとっていたこと、などの事実が認められ右認定を左右するにたりる証拠はない。これらの事実を考え合わせると、読売新聞の宣伝ないし読者拡大のための諸企画については、被告新聞社において直売所に対して、種々助力するとともに、これらの事項については必要に応じ自らも直売所に対し積極的に指示を与え或いは督励する関係が残されていたというべく、被告新聞社の有する右権限は、前記本社直売所間の新聞等の販売形態の特殊性(直売所は、一定地域にかぎり、被告新聞社発行の新聞、雑誌類だけを専属的に販売するものであることなど)によって強力に担保されているということができるので、読売新聞の宣伝活動ないし読者拡大のための企画に関するかぎり、被告新聞社と被告佐藤の間には民法七一五条にいう使用者被用者の関係と同視しうべき関係があると認められる。ところで被告新聞社と被告佐藤の間には右のとおりの関係があり、又訴外朝広の本件不法行為が被告佐藤の事業の執行につきなされたことは既に同被告の責任について判断したところから明らかであるが、右不法行為は被告佐藤自身によってではなくその使用人である訴外朝広によってなされたものであるから、直接の被用者でない訴外朝広が第三者に加えた損害について被告新聞社がその責任を負うためには、右の要件のほか訴外朝広に対し直接又は間接に被告新聞社の指揮監督関係が及んでいることが必要であると解されるが、右の指揮監督関係は被告新聞社において訴外朝広を指揮監督しうる社会関係の存在することをもってたり、事実上具体的に指揮監督が行われていたかどうかとは関係がないというべきである。そうして、既に認定した事実と≪証拠省略≫を考え合わせると、読売新聞の宣伝活動ないし読者拡大のための企画は、被告新聞社(本社)事業本部によってなされることもあり、直売所においてなすこともあるが、これらの活動はいずれが行う場合にも被告新聞社、直売所双方の営業目的に合致し、双方の利益になるところから、被告新聞社は前記のとおり直売所担当社員によって直売所のなす宣伝活動等に協力する反面必要があれば自らこれらの事項について指示を与え、督励し、販売店である被告佐藤の方でも被告新聞社との専売という約定によって、読売新聞の販売等に専心従事する、という関係にあったものであり、かつ本件のような相当規模の販売店においては、経営主自らが実務の全てにたずさわるというよりも、従業員によって配達集金はもとより、購読の勧誘新聞の宣伝を行う、という形態をとることが多いと認められるから、本社の行う指示や監督は少くとも販売店主(被告佐藤)を通じて間接的にこれらの従業員に及ぶ関係にあったということができる。そして本件サーカス及び象の行進は、直売所において企画されたというもののサーカスの会場確保については被告新聞社の直売所担当社員がその資格において直接関与していたのであるから、被告新聞社としては必要と認めればいつでもサーカスの利用の仕方などについて被告佐藤に指示を与えることができたこと、および本件象の行進は前記のとおりサーカスと無関係ではなくこれに付随して行われ、サーカス同様読売新聞の宣伝活動の一環としての意味を有していたことをあわせ考えると、訴外朝広は本件象の行進の勧誘によって読売新聞の宣伝活動をなすにつき被告佐藤を通じて間接的に被告新聞社の指揮監督の下にあったものというべきである。よって被告新聞社は訴外朝広の本件不法行為について使用者としての責任を免れない。

三、原告らの被った損害について

(原告百貨店の損害)

(イ)  物的損害

≪証拠省略≫によると、原告百貨店は、本件不法行為により、本件象の行進の際象に着用させる予定で作成した象の着物代金二、〇〇〇円および右行進の宣伝のため作成した折込みビラの印刷代金六〇、〇〇〇円計六二、〇〇〇円の損害を被ったことが認められる。なお宣伝車による本件象の行進の宣伝に要した経費金六〇、〇〇〇円については、≪証拠省略≫によるとその主張のように二日半にわたり右宣伝がなされたことは窺えるけれども損害額について原告百貨店は何らの立証もしないから右損害を認めることはできない。

(ロ)  信用失墜による損害

≪証拠省略≫によると、原告百貨店は、本件不法行為発生当時、資本金約一、二〇〇、〇〇〇円の株式会社組織のスーパーマーケットとして、主として日用雑貨品、衣類等の販売を業としていたもので営業上顧客、同業者に対する信用がかなり重要な意味をもつ事業であったこと、原告百貨店は本件象の行進が予定どおり行えるものと考え、前記折込みビラ等を使ってこれを宣伝したため、行進予定日時には象の行進を見物するため、原告百貨店の内外に少くとも三―四〇〇人の客が集ったこと、ところが本件不法行為により象の行進が実行できなかったため、原告百貨店は、虚偽の企画を流布したような結果になって、顧客、同業者等に対する社会的信用を失墜したこと、などの事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

そうして以上認定の原告百貨店の事業の規模および内容、原告百貨店が本件象の行進のためになした宣伝活動の程度、態様ならびに行進不能により信用を害された範囲、程度等諸般の事情を考慮して右信用の失墜により原告百貨店が被った損害を金銭に評価すると、金二〇〇、〇〇〇円が相当であると認められる。

(ハ)  以上のほか原告百貨店は本件象の行進予定日に外交販売を中止したことにより、得べかりし利益金一〇〇、〇〇〇円を喪失した旨主張するが、外交販売を中止するなど原告百貨店の右主張事実を認めるにたりる証拠は何もないから、右主張は理由がない。

(ニ)  よって原告百貨店は、物的損害計六二、〇〇〇円および信用失墜による損害金二〇〇、〇〇〇円の合計金二六二、〇〇〇円の損害を被ったものと認められる。

(過失相殺)

≪証拠省略≫によると、本件象の行進が警察によって許可されるかどうかの点については原告らは訴外朝広に念を押したにとどまり、それ以外には所轄警察署に照会するなどなんらの措置もとらなかったことが認められるのであるが、右行進がたやすく許可されえないものであることは通常人として当然予想しうるところであり、右懸念は単に朝広に念を押すことによって解消すべき性質のものでないから、原告らがそれ以外なんらの措置をも講ぜず、ただ漫然と朝広の言を信用して多数の顧客に対し本件象の行進を宣伝したのは民法七二二条二項に規定された過失を構成するものということができる。

そこで損害賠償額を定めるにつき原告らの右過失を斟酌すべきかどうかであるが民法七二二条二項所定の過失相殺は広く社会生活上発生した損失の公平妥当な分配ということに基礎をおくものであるから、単に被害者側の過失の大小のみを基準として一律にその成否を考えるべきではなく、過失ある被害者と不法行為責任を負担する者との間に存在する一切の事情をも具体的に考慮して決すべきであるところ、被告佐藤は本件不法行為者である訴外朝広の直接の使用者および本件象の行進を間接ながらも示唆した当事者として、朝広を十分に監督すべき地位にあり、又事実上も容易に監督しうる立場にありながら、その監督義務を怠ったものであり、一方原告らは既に判示したとおり、朝広に対しては警察の許可が得られるかどうかについて極力念をおして確かめていたのであるから、これらの事情を考え合わせると、被告佐藤に対する関係においては原告らの前記過失を損害額の算定について斟酌することは相当でないと認められるのであるが、被告新聞社は、既に二で判示したとおり、法律上は被告佐藤を通して朝広を監督しうべき地位にある者として、民法七一五条の責任を免れないとはいうものの前記のとおり右朝広を監督しうる関係が被告佐藤の場合と異り直接的でなく、本件のような場合現実的に影響を及ぼす可能性のきわめて少い立場にあったのであり、しかも被告新聞社としては(本件サーカス興行につき一般第三者よりその主催者ないし後援者とみられる立場にあったとはいえ)本件のような当然混乱の予想される象の行進が、所轄警察署ないしは被告新聞社にその実現性について照会せられる等かかる場合当然予想される今一段の慎重さを欠いたまま、卒然と挙行されるごときはたやすく予想しえない立場にあったものということができ、これらの事情を考えると被告新聞社に対する関係では原告らの前記過失を損害賠償額の算定について斟酌するのが妥当である。そうして右の諸事情を勘案すると、被告新聞社の原告百貨店に対する損害賠償額は金一〇〇、〇〇〇円をもって相当と認められる。

(原告湯川の損害)

顧客より虚偽の宣伝をした等誹謗されたことによる慰藉料

一、において既に認定したところから明らかなように原告百貨店の代表者湯川は、象の行進が不可能となったため、直ちに原告百貨店の内外に集っていた顧客に対し、その事情を説明したが、顧客の中にはなおこれを不満として、直接原告湯川に対し、原告百貨店の宣伝が虚偽であるとか誇大であるとか非難し、苦情を述べに来た者が相当数あり、原告湯川はこれらの者に対し、陳謝するのほかなく、そのために精神的苦痛を受けたことはこれを認めることができるが、その際の顧客の非難は原告湯川個人および原告百貨店の両者に対し一括してなされたものであり、したがって原告湯川個人の精神的損害は原告百貨店の信用毀損に対する損害賠償によりある程度治癒される関係にあると認められるのでこれらの事情を考慮して右の精神的苦痛を金銭に評価すると、被告佐藤については金五〇、〇〇〇円(うち金一〇、〇〇〇円については後記のとおり被告新聞社と連帯)が相当であり、被告新聞社については、前記過失相殺の項において判示した如き事情をも総合勘案して、金一〇、〇〇〇円(被告佐藤と連帯)をもって相当と認める。

(謝罪広告について)

≪証拠省略≫によると、本件象の行進が不能になったことにより、原告百貨店の名誉(社会的評価)がある程度失墜するに至ったことが窺われるが、既に判示したところから明らかなとおり、右名誉の失墜は一面原告らの不注意にも基因しているのであり、又本件不法行為後既に六年以上の日時が経過していることなどをあわせ考えると、現在において謝罪広告の掲載を命ずるのは相当でなく、前記信用失墜による金銭賠償を認めることでたりると判断されるので謝罪広告を求める原告百貨店の主張は採用しがたい。

四、原告らは、被告新聞社が被告佐藤および販売局員丸山厳に対し被告新聞社名を使用して営業ないし読売新聞の宣伝をすることを自由に許しており原告らは被告新聞社の営業と誤信して象の行進についての契約を締結したから被告新聞社には名板貸責任がある旨主張するけれども、被告佐藤の使用人である訴外朝広が、原告百貨店との間に、本件象の行進についての契約を締結するに際し、被告読売新聞社名を使用し、そのために原告百貨店が被告新聞社を相手方と誤信して右契約を締結したという事実は本件全証拠によるもこれを認めることができないので、原告らの右主張は理由がない。

五、むすび

以上の次第であるから、原告百貨店の本訴請求は被告新聞社に対し三記載の損害金一〇〇、〇〇〇円(被告佐藤と連帯)、被告佐藤に対し同じく金二六二、〇〇〇円(うち金一〇〇、〇〇〇円については被告新聞社と連帯)の各支払を求めるかぎりにおいて理由があり、原告湯川の本訴請求は、被告新聞社に対し三記載の慰藉料金一〇、〇〇〇円(被告佐藤と連帯)、被告佐藤に対し同じく金五〇、〇〇〇円(うち金一〇、〇〇〇円については被告新聞社と連帯)の各支払を求めるかぎりにおいて理由があるのでいずれも右の部分についてはこれを認容し、原告らの被告らに対するその余の請求はすべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤孝之 裁判官 渡辺一弘 川端敬治)

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